2008年4月9日水曜日

アルゼンチン



3月末から4月にかけてアルゼンチンへ行ってきた。
サンフランシスコからダラスへ飛び、乗り換えて南半球のブエノスアイレスに着いた。気温は21度と心地よく、まるで夏のようだった。でも歩道に枯葉が落ちているのを見て、秋なのだと感じた。
ブエノスアイレスはスモッグと喧騒。大都会だ。それでいて、道行く人々は、ゆったりと歩いている。東京のようにせっかちに歩く人は見当たらない。カフェがあちこちにあって、のんびりとお茶を飲んでいる人々。限りなくヨーロッパだ。パリを思わせる町並みなのだけれど、整然とした都市ではなくて、車は車線などお構いなしに走っているし、地区によってはでこぼこの歩道が目立つ。ヨーロッパ風でありながらラテンなのだ。
レストランは夜の9時から。金曜日や土曜日になると家族連れ、友人、老夫婦、若者が、それぞれの生活レベルの中で、レストランへくりだし、和やかに食卓を囲んでいる。到着したばかりの足で、金曜日、ブエノスアイレスのホットなレストラン&ワインバー「ダンソン」へ行く。黒が基調のシックなレストラン。この夜はスタイルの良い,若いワインのサービス担当が数人カウンターに入っていた。ラッキー!ちょっと相棒から遅れて、すでに混んでいるレストランのレセプションの近くへ行ったら、若いサービス担当の男性がさっと寄ってきて、ラテンらしい柔らかなマナーで「キャン・アイ・ヘルプ・ユー?」とささやくように挨拶。いいなあ!
カウンターの席が空いていたので、そこに座って、あれこれワインをオーダー。この若い青年たちはワインについての知識が十分。当たり前だけれど、英語とスペイン語をミックスして話す。アルゼンチンでは今、スシがインのようだ。ここのメニューの半ページはスシだった。といっても刺身の数は少なくて、サーモンと他に2種類の白身の魚だけだったけれど。ベジタブルロールというのをオーダーしたら卵が入った海苔巻きの細まきという感じで出てきた。アルゼンチンの白ワインとよくマッチ。マルベックも美味しいのに出会った。
土曜日の夜は9時に開店と同時にステーキハウスへ入った。味はいいけれど、ちょっと硬めで、ボリュームのある肉料理を2本のワインと一緒に食べ終えて、「よく食べましたね!」とウエイター氏に尊敬されて、笑顔で送り出されたのは11時30分。店内は満席だ、外でテーブルが空くのをゆったりと待っている。私たちのテーブルに「もう出てくださいという」メッセージはまったくなくて、「会計をお願いします」と声をかけるまで、担当のウエイター氏はやってこない。
新聞で高い評価を得たから、行って見なくちゃという人たちもいるのだろうけれど、レストランというのは、そういうものじゃなくて、本当に飲んで食べるのを暮らしの一部として楽しんでいるのが、見た目にもはっきり感じられて、楽しくなった。
今回はホテルではなくて、アパートを借りた。交通の便利がいい、大きな通りの角にあるアパートだったので、外へ出るとカフェ、レストラン、バーとより取り見取り。帰って寝るのは2時、翌朝起きるのは11時と、楽しく毎日を過ごした。地下鉄に乗って、いろんな地区へ行って見た。人で込み合っている地区で、すりに財布をすられてしまった。かあっと頭に血が上ったけれど、強盗にあったわけでもないので、まあアルゼンチンの洗礼を受けたのだと割り切って、旅を続けた。憎めない町なのだ。財布をすられた町で財布を買うのは悔しいからと、入れるものが何もないので、ビニールの袋を財布にしていたけれど、帰りに安い財布をひとつ買った。
数日後に、ワイン産地として知られるメンドサへ移動。飛行機の席が埋まらないとキャンセルするというので、よく知られる航空会社の飛行機は、2回キャンセルになって、お昼に着くはずが夕方の6時に着いた。急ぐときは隣国チリの航空会社の飛行機に乗ったほうがいい。でも「まあここはアルゼンチン。いらいらしても始まらない」と、のんびり構えてメンドサに到着。まだまだワイン発展途上国なのだけれど、質は急激に向上している。まずくて飲めないワインは、あまりなくなっている。それに値段がとっても安い。マルベックに焦点を絞って、いろいろ飲んでみた。(詳細はニュースレターに記載させていただきます。)
帰ってきたら、10日前には遠くからは見えなかったブドウの芽が、10cmほどに伸びていて、畑のブドウ樹のてっぺんは薄緑色に染まっている。2008年のブドウの生長の季節が訪れた。秋の国から春の国へ帰ってきた。不思議な気持ち。