2008年6月23日月曜日

ブダ城



相棒がロンドンでのテイスティングに発ったので、娘と二人、ブダペストを散策。気温は華氏85から85度ととても暑くて湿度が高い。太陽が照りつける中、娘と二人でブダ城をを目指す。Szechenyl lanchid (なんて発音するのかわからない。鎖橋と呼ばれている)という橋を徒歩で渡って、Funicular (これもなんて発音するのかわからない)という垂直にブダ城をめざす木造の乗り物(ゴンドラ風)に乗って城の前庭に着く。橋の真ん中あたりで、腰が曲がって背中がよじれている30代の小柄なジプシーがお金をせびっていた。媚びた悲しそうな表情だった。昔、ジプシーの家族は子供の成長をゆがめる器具を使って、背中や腰をゆがめて、乞食として子供を利用していたという。この男性は子供の人権などという知識がないままに生活の糧に使われていた最後の世代なのだろう。石畳に太陽が照りつけ、その反射光が肌を刺す。この城は何度も攻撃されて落城し再構築されたらしいけれど、堅実さと華麗さがミックスした豪壮な城だ。この城から見渡すペスト側の光景が、またすばらしい。特にイギリスの国会議事堂を真似て作ったというドナウ河に面した白い華麗な国会議事堂はブダ城から見渡すと絶景。ちなみに昔はブダとペストは別の都市だったとか。
城内にあるカフェで水分を補給。アイスティとかアイスコーヒーというのは、ないので、紅茶を頼んで、氷が入ったグラスもついでに頼む。アイスティーを自分で作るというわけだ。この方法で紅茶をオーダーしたのは2度目だけれど、2回ともウエイター氏は納得という表情でうなづいてくれた。
城を後にして、ペスト側にもどる。ドナウ河に沿って続くプロムナードを歩く。インターコンチネント、マリアット、ソフィテルといったホテルが並んでいて、そのテラスがカフェとなっている。そのカフェのひとつで娘はビール、私はハンガリーのロゼ、そしてサラダをオーダー。パラソルの下の席に座っているのにもかかわらず、強い太陽のせいで肌がひりひり。アジア人、そしてハーフは、とても珍しいらしく、結構、じろじろと見られる。一人のおじさんは私たちの写真を撮ってハンガリー語でありがとう(コロネス?)といってにっこり。時にはじゃがいもを食べ過ぎたらしいころころと太ったおばさんたちが、私たち二人を見て驚きの表情で口をあんぐりとあけて見続ける。アジア人(私)そして娘をどう理解したらいいの?と顔に書いてある。あーあ。
9時まで明るい。エアコンがないだろうアパートを避けて、日陰のカフェへ夕涼みをかねて多くの人々がカフェにやってくる。道路沿いのカフェは人々で一杯、活気に満ち溢れている。蒸し暑い日本の夏を思い出す。冷たいソーメンが食べたい!

2008年6月22日日曜日

ブダペストのワインバー


オーストリアのスキーリゾートが並ぶ地帯を山越えして、ハンガリーに入る。とうもろこし畑(家畜の飼料用)、かぼちゃ畑、麦畑が地平線のかなたまで広がっている。農業国であって、オーストリアやチェコ、ドイツに比べると、まだまだ貧しい国であることが伺える。
ハンガリーは北欧の中では暖かく、久しぶりに夏服姿で歩く人々を見た。ブダペストは美しい都市だ。おしゃれな女性たちが目に付く。こんもりと葉が茂った木々が並ぶ歩道にあるカフェで、カプチーノを飲む。パリを想わせる街並みなのだけれど、人々はもう少しゆったりしていて、リラックスしている。
ホテルから10分ほど歩いたところにあるDomus Vinorum というワインバーに行った。一階がワインショップで地下がセラーとワインバーを兼ねている。プラハでも、オーストリアでもサッカーのプレイオフを観戦する人々であふれていたけれど、ブダペストも例外ではなくて、この日はドイツとポルトガルのゲームが放映されていて、スポーツバーやちょっとしたカフェでは人々がテレビにかじりついていた。なんとワインバーも例外ではなくて、大きなスクリーンがあってお客さんはワインを飲みながらのサッカー観戦をしている。
ハンガリーには22のワイン地区があって、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、カベルネ・フランのほかに、この国独特の品種が多くある。例えば白なら、Budai Irsai Olive, Keknyild, Keubrankos, Rutrese といった品種があって、なんて発音するのか、想像もつかない。Budai Irsai Oliveはフルーティでマスキャットのような香りがしてきれいな酸味の白だった。Keknyildは香りはあまりなかったけれどボディが中くらいでユニークな白で、これもおいしかった。赤ワインのKeubrankosとRutreseという品種はフルーツ味に欠けている。チェコよりは暖かいといっても、赤ワイン用のブドウ栽培にはちょっと涼しすぎるのだろう。
サラミ、ソーセージは自然な味がしてなかなかおいしい。赤、緑、黄色のピーマンの薄切りは甘みがあってこれもおいしい。
ワインバーでサッカーを観戦しながらワインを楽しむとは、夢にも思わなかったけれど、なかなか楽しかった。ドイツが点を入れると立ち上がって腕を高く振り上げて飛び跳ねる。娘はチェコですごした3週間で、ポルトガルのクリスチアーノ・レノルドというプレーヤーの大ファンになったとかで、この日、彼が2回もミスをして、そのせいでポルトガルが負けて、残念がっていた。娘が選んだ写真です!!

2008年6月20日金曜日

Graz (グラッツ)


チェコからハンガリーのブダペストへ向けて出発。途中、オーストリアのグラッツという町で一泊。町の広場には立派な彫刻を施した噴水があって、威厳と優美さが交じり合ったがっしりとした建物が並ぶ。毎日、曇り日、ときどき雨が降る。気温は10度前後。ソノマの冬だ。セーターを持ってこなかったのを悔やむ。でもその気候せいで木々も野原もみずみずしい緑色。

薄ら寒い町を散策後、遅い夕食をとるために9時にレストランへ入る。室内はタバコの煙でむんむん。金髪で目が細めで真っ白な肌の青年ウエーター氏が、まずフランス語で私に話しかけたので、「ノースモーキングがいいのですが」といったら、ぱっと流暢な英語に切り替えて「禁煙席があります」といった。でもこの狭い部屋なら禁煙席まで煙が襲ってくるなあと考えていたら、「別室がありますから」という。喫煙オーケーのレストランの室内を抜けて廊下を歩いて、別室へ案内してくれた。私たち3人だけで、他のテーブルは空席。薄い黄色をベースにしたエレガントな室内。タピストリー、自然派の絵画が壁に飾られている。黄色のテーブルクロスに鉄で作られた小型のキャンドルスタンド。ウエイター氏がキャンドルをともしてくれた。「貸切のレストランだわね」と娘と二人ではしゃぐ。

料理は上品な味付けで食材も新鮮。じっくりと煮込んだ肉料理はとてもおいしかった。サラダのドレッシングはこの地区独特で、パンプキンシードオイルとアップルサイダービネガー。どちらもこの地区で作っているそうだ。地区の名前はSteierと聞こえた。サラダに使われていた小豆色の大きな豆は「英語に訳するとビートルズビーンズです。オーストリア独特の豆です」と教えてくれた。

オーストリアの白ワインというとグルーナー・フェルトナーが良く知られている。でもウエイター氏がブラインドで試飲すると、グリューナー・フェルトナーと間違うという、他の品種の白ワインを勧めてくれた。2007年、Welschriesling (ウエルチュリースリング?)という品種で Sudsteier Mark(南ステイル地区?)とラベルにあった。確かにグリューナー・フェルトナーと似た香りがする。クリーンで、フレッシュ。アップルサイダーを使ったドレッシングのサラダの酸味ともよくマッチ、煮込料理の脂肪もカットしてくれる。

カリフォルニアから来たと告げると、ウエイター氏が「シュワルツネガー知事の州ですね。彼はここから10キロ程はなれた土地の出身なんですよ」という。

11時を過ぎている。お客は私たちと喫煙席にもう1カップルのみ。でも急いでほしいという素振りも見せない。ヨーロッパのしきたりで、「会計をお願いします」というまで、請求書を持ってこない。

10時まで明るい北ヨーロッパ。11時を過ぎて、辺りは暗くなっていた。雨で塗れた石畳の歩道。明朝、オーストリアを通過してハンガリーへ入る。

2008年6月17日火曜日

プラハでワイン、ビール、そしてアブサン



プラハの2夜目、ホテルから5軒ほど隣にあるビアホールへ行った。1499年からオープン、700年の伝統があるという店だ。ドイツと似てる。ソーセージに黒ビール。この日からプラハで3週間の夏期講座を受けていた娘が合流。アコーディオンに合わせて楽しそうに歌を歌っている4人組を見て、「笑顔を見せてるプラハの人間を見るのは珍しい」といった。音がものすごく外れているのを、ものともせず、大声で歌っている。隣のテーブルのカップルが、声をかけてきた。二人はスペインから来たのだそうだ。そのとき、アコーディオンが曲名は忘れてしまったけれど、若かりし日にマドリッドの公園を歩いているときにかかっていた、その当時流行っていた曲をひいた。スペイン人のカップルと話しているときに、この曲が流れて、なんだか感動した。音楽っていいよね。
ワインバーへ寄った。チェコのワインをオーダー。白ワイン、特にリースリングは悪くない。でもカリフォルニアに、もし入っていたとしても(もちろん入っていない)、探してでも飲みたいという質のものではなくて、地元で飲むのに十分というワインだった。赤ワインはフルーツ味に欠けていて、それを補う他の味わいはあまりなかった。
お腹がいっぱいで、ひんやりした空気を頬に感じながら、ホテルへ向かって歩いていたら、ホテルから3軒目のところに、コーヒーショップ風の店があった。まだ開いている。相棒がここでアブサンを飲ませているという。Absinthe Time Cafe Club Bar という看板がかかっている。サンフランシスコの雑誌の副編集長をしている友人が、カリフォルニア(アメリカ?)でアブサンの輸入解禁になって、そのプレスインタビューにいって来たと話していたのを思い出した。「入ってみようよ」家族3人で入る。チェコ語で書かれてるので、よくわからないのだけれど、アブサンのいろんなメニューが載っている。3人、別なのをオーダー。ひとつはきれいなブルー。二つは無色。サービスの女性がテーブルの上にトレーを置いて、角砂糖をアブサンが入ったグラスに入れて、ぱっと火をつけた。アルコール度が60%とあるから、火がついても不思議ではない。グラスから炎があがり、幻想的。もう一個の角砂糖をアブサンのグラスに入れて湿らせて、お皿に置いた。火を消して、グラスを渡してくれた。隣のテーブルの2カップルがじっと見ている。そして「グッド・ラック」といった。飲むとあまりおいしいものではない。味もあまりない。ただ喉から胃までアルコールが通過したあとひりひりとした。そんな私たちをみて、隣の2カップルもピンク色をしたアブサンの飲み物をオーダーして、こっちをみてにっこり。
悪酔いをしてもホテルまでは、近いから這ってでも帰ることができると思っていたので心配なし。
良い心地はとてもいいものだった。「アブサンて飲みすぎると幻覚症状が出るって聞いたことがあるけれど、何か見える?」と娘。「全然」と私。楽しい晴れやかな気分になっていることは確かだ。3人でげらげら笑いながらホテルへ着いた。
翌日、悪酔いの気分は全くない。小さなグラス一杯なら、楽しい気分を味わうことができて、酔いが翌日まで残らないということがわかった。まさかプラハでアブサンの初飲みを体験するとは思ってもいなかったけれど、楽しい旅の思い出。
明日から、オーストリア、ドイツ、ハンガリーを車で回る。

2008年6月14日土曜日

プラハの初夏


昨日、チェコ共和国の首都、プラハに到着。サンフランシスコ空港からイギリスのヒースロー空港へ飛んで、2時間の待ち時間の後、ブリティッシュエアーでプラハへ向かう。パイロットとフライトアデンダントのイギリス英語が、カリフォルニアの標準英語に慣れている耳に、クラッシックでエレガントに聞こえる。相棒にそういうと「気取ってスノビッシュ」と切り返す。機内のミュージックもいい感じのクラシック。初めて訪れる東欧という意識もあって、気持ちも、クラシック?に変わっていく。

プラハの空港は小さくて、なんだか故郷の千歳空港みたい。そういえばストックホルムもそんな感じだったなあなんて考えながら入国手続きの列に並ぶ。

旅の楽しみ方は二つあると思う。ひとつは出発する前に、歴史、見所等をチェックして、その土地に着いたら、その知識を確認するために訪れる。もうひとつは予備知識なしで、訪れて、まっさらな印象を楽しみ、関心や興味をもった事柄を、後からチェックする。私は後者の旅。

気温は摂氏10度。真夏のソノマから来て、突然、冬のソノマに逆戻り。緑がみずみずしい。ホテルにチェックインをして、早速、町へ繰り出す。町並みは整然としていて清潔。札幌の南北、東西の町に慣れているので、放射線状に広がっている路地に気の向くまま入っていくと、方向感覚が完全にずれてしまう。長い歴史を経て磨り減っている石畳の道は、ハイヒールの敵だわね。

ヴルタヴァという河を挟んで町が二つに分かれていて、私たちのホテルはオールド・タウンのあるほう。河にかかっている橋が、またいい。美しい緑色の河に沿って、ホテルから15分ほど歩くと、飲食街に出る。冬のジャケットを着た人たちがのんびりと歩いている。金が屋根に張られた国立劇場は歴史の重さと気品を備えている。カルラブ・モスト(発音は正しくないかも)橋を歩いていたら、小柄な70歳代らしい女性が、私を見て橋の向こう側を指差した。教会の塔の右側に直立に虹がでていて、塔の後ろに夕日が見えた。半円ではなくて、直線に上に上がっている虹を見たのは初めて。

着いたばかりなので、広場の名前がわからないけれど、金色の大きな時計が美しい教会がある広場に大きなスクリーンが張られて、サッカーの試合を中継していた。大勢の人がその広場のカフェに陣取って観戦。私と相棒はその人たちを鑑賞?しながら夕食。どこへ行ってもまずお目にかかるのはピルスナーのビール。私は同社が生産しているというボヘミアン・ブリュットというスパークリングワインをオーダー。フルーティで思ったより飲みやすい。グーラッシュというジャガイモと牛肉をよく煮込んだスープ(これはおいしかった)。今まで見たことがなかったのでオーダーしたのは、魚介類のピッツア。写真がないのが残念だけれど、ムール貝、小エビが殻つきのままのっている。それにイカ、白身の魚。サンフランシスコで食べるチョピーノという魚介類のスープが、ピッツアに変身したという感じなのだ。食べてみた結果?ムール貝や海老の汁が出て、かりっとしているべきの底の部分が柔らかになってしまっていて、あんまり感激しなかった。

ソビエトにコントロールされていた共産主義の時代を経て、資本主義に転向した国。資本主義まっしぐらのアメリカとの、ニュアンスの違いなんかが少しでも知ることができたらいいかな。チェコでもワインを生産しているけれど、自国で消費するのがほとんどのようだ。ワインもどんなものか味わってみたい。

2008年6月12日木曜日

夏真っ盛りのソノマ

6月初旬、華氏89度(摂氏31.6度)、太陽が燦燦と降り注ぎ、肌に焼け付く。でも風が涼しく、木陰に入ると暑さが感じられないところが、この土地の気候の過ごしやすいところ。夜になると気温がぐんと下がるので、エアコンが必要な夏の日は2,3日。家中の窓を開けて涼しい風を家中通過させる。すると暑くて眠られないという夜はやってこないのだ。
この真っ青な太陽とからっと晴れたソノマを後に、明日、東ヨーロッパへ発つ。東京から帰って1週間ほどしかたっていないので、まだ時差ぼけが残っている。この時差ぼけが東ヨーロッパへ行ったら、どういうふうに影響するのかしら?チェコ、ハンガリー、ポーランドをまわる予定。オーストリアにもちょっと寄る。ハンガリーでトカイを飲むのが楽しみ。
小指の先ほどの大きさになったブドウの粒は、2週間後に帰ってきたときには、倍くらいに膨らんでいるのだろうな。 

2008年6月11日水曜日

カレラとオーボン・クリマ

6月3日と4日、カレラのジョシュとオー・ボン・クリマのジムが出席した東京と京都で開かれたセミナーの通訳として同伴。二人とは旧知の中なので、気兼ねなく、ジョークを飛ばしあいながら楽しい旅を続けました。外見はイギリス人紳士風のジョシュとプロレスラー(最近は少し痩せた)のジムでは、正反対なのですが、ワイン造りの哲学は驚くほど似ています。暇さえあれば、熱心にワイン造りについて話し合っていました。二人とも日本食が大好き。なんの違和感もなく美味しそうに食べていました。久しぶりの日本食、私も堪能。日本女性は若々しくてきれいで優しいと二人ともうっとり。カリフォルニア風マナーがしっかり身についてしまった私は、少し日本女性であることを思い出したほうがいいかしら、なんて感じた次第。